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母ちゃん、正直かなりの迷いと不安があります。

誰かがコケれば代わりに運転するという責任、荷主を得る為の外周りや商談。
それに、ベテランの配車係との業務。

こんなに時間が経った今、それが母ちゃんにできるかという自信。
当然、こんな不景気な中、求められるものはかなり厳しいのははっきりしている。
この業種、父ちゃんの会社も、以前お世話になった仲間の会社も、かなり厳しい状況の中で頑張っていらっしゃいます。
それに母ちゃんの今のこの身体の状態。
この仕事は腰を痛めるのは職業病みたいなものであり、逆に痛めると致命傷でもあるのです。
ここまで手術を繰り返した母ちゃんにとって、途中でまた、仕事ができなくなるという不安もあります。

その点は了解し、身体は1番に優先という条件で、これ以上の不満はないだろう状態の雇用内容です。

父ちゃんと離婚して約5年、今は不自由なく生活をしている中での「楽さ」が身についてしまった事が、
多々考えてしまう原因にもなっている事も事実です。
そして最終的には母ちゃんの思う事、やりたい事を全て受け入れてくれている父ちゃんでも、
また復帰するという事を話せば、きっと反対はされると思います。
(父ちゃんも運転手、同業者になるという事は男としてのプライドだってあるんですよね・笑)
母ちゃんの仕事は女性がやれば、「女だてらに」「生意気だ気が強い」みたいなイメージがどうしても
拭い去れない。
悪く言うと女性がこの仕事をすれば「女が男を使う」というような・・・。
昔、そんな類の言葉を言われた事だってあります。
「あそこの女の配車は・・・」って感じのね・・・
あの頃は若かったし、「ならお前やってみい」ってな意地だって持てたけど、もう母ちゃん今年43だよ。

あの頃のように、また仕事ができるだろうか、この仕事でと思える勇気が湧くだろうか・・・
本当に悩みます・・・
2011.01.30 / Top↑
タイトル通り、今日は「復帰」の事である人に会い、1時間ほど前に帰宅しました。


この不景気なご時世に、「復帰しないか」というお言葉・誘いはすごく嬉しいことでした。

と言うのも、母ちゃんが以前していた仕事、運送屋での仕事に復帰する気はないかと声をかけられたんです。
その話をしに出かけていました。

仕事から離れて15年になります。
運転手という仕事、運行管理者という仕事が母ちゃんは大好きでした。
当時、若かった母ちゃんは、ただただ遊ぶお金ほしさに運転手という仕事を選びました。
実際、給料も事務仕事をするより、はるかにいいものでした。
でもそんな理由から始めた仕事でもだんだん慣れてきて、色んな事を覚え、走る距離も長くなり、
少しか仕事ができるようになってからは、その仕事が楽しくってどうしようもありませんでした。
休みもなく会社に行きたいと思った事もあったほどです。

当時女の運転手というのはめずらしい事だったのかな。
母ちゃんに仕事を教えてくれたベテラン運転手の仲間、お世話になった方達、今も本当に大切に思う。
お付き合いもしょっちゅうとは行かなくても、連絡は取れる方法を作り、おかげさまで今もいいお付き合いを
させてもらっています。

そんな中での復帰の誘いにビックリした母ちゃんなのですが、今、本当にピークに考えています。

誘ってくれた会社は以前、勤めていた会社が取引(運送業で言う用車と言います)のあった所です。
1袋(たい)25キロある荷物を200袋、手で積み下ろし日に数本走ったり、
札幌中心部にできた郵政庁舎(今は何に変わったのかな)が建った時、毎日鉄骨を運んでヘルメットを被り
現場に下ろしたり、
奥尻島の大震災の頃には仮設住宅を積んで走ったり、どの仕事も思い出があります。
「この仕事で飯を食っていこう」という力をくれた、母ちゃんに仕事を任せてくれたすばらしい上司にも恵まれました。
そして配車という仕事を任された時も、仕事をもらうという難しさやあの当時景気は良かったから、売り上げは
月に数億という金額になるほどの仕事を自由にさせてもらえた事にも本当に感謝したものでした。

15年経った今、母ちゃんに力を貸してもらえないだろうかと連絡をいただいたのですが・・・
2011.01.30 / Top↑
いや~ぁ!
友達が出会い系サイトで運命の人をGetし、近いうち結婚か?というお話をさせていただきましたが、
今朝、母ちゃんの携帯のアドレスを知っていて、なおかつこのブログを見てもらっていた人数名から、
「すごいね~!」系のメールをいただきました・笑。

その彼女、笑っていたのもつかの間、数時間前に電話が来て、
「○○君、今日本州から帰って来るんだけど、昨日から具合を悪くしてどうにもならないと言っている」と。

彼女達の住まいは札幌なのですが、電話をくれた時間には苫小牧にいた!
彼を心配してJRに乗ってフェリーの降り場まで行こうとしたものの、土地勘なしで身動き取れず

フェリーが着く場所は駅からはとても歩いていける距離でもなく、
ましてやどこの会社のフェリーに乗っているかも?????状態

泣くはわめくはで、どうすればいいものかわからなくなり母ちゃんの所に電話が来たってわけさ・笑。
心配する気持ちはわからんでもないが、何も泣くことゎ~ね~じゃね~かや

行き先は東北某県で、そこから帰るフェリーのルートはくもすけ仲間の多い母ちゃんにはすぐわかる。
彼女は母ちゃん地域がフェリーが着く場所は隣の地域なのは当然わかるわけだから思いついたのでしょうね。

すぐフェリー会社はどこなのかわかり、出発した時間も、到着の時間も速攻でわかりましたが、
これまたいい具合に時間がビンゴ!
彼女を迎えに行き、すぐ乗せたところで彼氏さんから電話。
熱が40度も出ているんだとか。
運転もやっとで、数十時間フェリーに揺られ、正気ではいられない状態だと。
我慢も限界に達し、会社に電話するにもフェリーの上からじゃどもなんないし、代わりは早々にいるもんじゃない。

それでもフェリーから懸命に出てきて、姿を見ることなめくじ状態。
トラステでしばらくは代わりに運転できる人を連れてくるまで待ってもらうしかない。

となると、札幌までは運転は無理。どうする?
母ちゃんは速攻で大型トラックを乗る父ちゃんに電話。
今日は休みでさっきまで一緒だったんだからまだ大丈夫だろうと期待したものの、
見事に晩酌を開始されている始末

「しゃ~ね~な!」苫小牧のくもすけ仲間に連絡し事情を話して、札幌まで運転してもらおう。
快く引き受けてくれてありがたかったわ~。
彼の会社までは仲間に運転をお願いし、母ちゃんは彼と彼女をぽんこつに乗せ、一緒に札幌へ。
途中冷えピタを買い、冷えたアイスノンの売り物はなく、水枕と氷を買って、小力用のおろしていなかった
毛布を被せ、高速に乗る。
自宅近くの救急に降ろし、会社名を聞けばくもすけ仲間はすぐにわかるから、トラックを置いてもらって、
再び母ちゃんの車に乗せる。
彼女も病院には付き添っているからもう心配はないし、くもすけ仲間を再度苫小牧まで送り届けなきゃいけない。

ハードでした・・・

仲間に「あいつら実は出会い系で知り合ったんさ」と教えると、
「お~~~ッ!い~~~な~~~!」って

45歳独身・結婚歴なしの仲間には刺激が強過ぎたでしょうか・笑。

でも仲間とは「い~ね~!知り合った頃って何でも楽しいし、嬉しいし、心配だし」と話つつ、
「お前も長いよな~、腐れ縁か、離婚してまで一緒なんだから」と毒を吐かれる

それにしても、あの彼氏、いい男だったわ~
具合の悪い時にこう言ってはなんですが、いい男は具合が悪くてもいい男だわ・笑。

大丈夫ですよ、人の亭主や彼氏には興味ありませんから
母ちゃんは「もう」父ちゃんで十分です・笑。

でも見ていて微笑ましかった。
ふたりが寄り添う姿が、幸せってやっぱいいなってね♪

あんな頃に戻ってみたいね~・爆~!

2011.01.27 / Top↑
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