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昨年5月からトライアルし、新しい家族の元で生活を始めたばあやん(ふがれすのひよこ36号)。

1月18日、虹の橋を渡りました。
里親さんは入院していた母ちゃんを気づかってくれて、知ったのはドッグカフェのママさんからでした。
母ちゃんはどうしても会っておきたくて、外出を短時間の約束で許可をもらい、
ママさんと一緒に会いに行ってきました。

ばあやんはリラちゃんという可愛い名前をつけてもらい、とても可愛がられていました。
奥様とご挨拶をし、奥へと案内してもらうと、
とても穏やかな顔だったリラちゃん。

着せてもらっていた服をハンガーにかけてもらい飾ってもらっていました。
そしてお散歩の時使っていたピンクのリードも身体の横に置いてもらっていました。

リラちゃん、その後は肥満細胞腫や肺水腫、心肥大など、たくさんの病気を抱えてしまったのですが、
ご家族に手厚い看病をされて頑張っていました。

ご家族にリラちゃんのお話をたくさん聞き、本当に大切にされていたのがわかりました。
我が家にいた頃は寝て過ごす事が多かったのに、
お散歩の時パパが他のわんこを触っていると「私のパパよ!」って意思表示もするようになったそうです。
我が家は大所帯。
リラちゃんに思いっきり甘えさす事はしてあげられなかったね。
でも優しい家族に守られ、そんな風に変わっていってたんだね。
病院での治療中、最期の時も向って来てくれているパパを待ったそうです。

「リラをたくしていただいたのに助けてあげられなくてごめんなさい」リラちゃんのママは何度も母ちゃんに
そう言って頭を下げてくれました。
新しい家族と過ごしまだ8ヶ月・・・。
あまりにも短すぎたけれど、その8ヶ月はリラちゃんにとって1番幸せな日々だったでしょう。
ご飯やおやつ、お花にも囲まれて、母ちゃんも見た事がなかった優しい顔。

母ちゃん、最後にママにお願いしてリラちゃんを抱かせてもらいました。
まだ柔らかくって、寝ているような姿でした。

わんこを迎えるという事はその瞬間から別れも覚悟し、重い責任も背負う事になります。
悲しいけれど、わんこは人間より先に逝ってしまう。
健康な日ばかりじゃなく、病気もするし、話せなくても意思表示して何かを伝えてきます。
それにいかに飼い主が気づき応えてやれるか、いい事も悪い事も教えてあげられるか、わんこの犬生は全て
飼い主の手にかかると思います。

リラちゃんはそんな全てを包んでくれる家族に出会えました。
そんな中で犬生を終えたリラちゃんは本当に幸せだったと思います。

リラちゃんにはもうひとり、家族がいます。
ビーグルのおとこのこです。
リラちゃん、お兄ちゃんに会えましたか?
お空の上で仲良く過ごすんだよ。

そしてリラちゃんも知っている、おいもやゴリとも会えてるといいな。


リラちゃんとの出会い、我が家で過ごした1年を母ちゃん忘れないからね。


リラちゃん、安らかに・・・。
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2010.02.15 / Top↑
初めて受けたヘルニアの手術は一昨年8月。数日で退院し痛みもなく快調に過ごしておりました。

が!
去年の正月三が日の最中に再発。
ブロック注射なんかで様子を見ながら過ごしたものの耐えられず11月に2度目の手術。
これは1週間で退院できました。

しかし!
2度目の手術から数日で再再発となり、ブロックももう効かない状態で、先生と話合った結果、
「腰椎固定術」とやらをやってみる事になり、12月に3度目の手術。

これが相当テコズッタ!
固定術とは痛んでつかえなくなった椎間板を取り出し、その部分に金具、あと腰の使える部分から骨を取り、
移植し、ボルトで止める。
そうすると触った神経が出てきても痛みを発しなくなる。
そういうものです。
ただ、感染症のリスクが相当ある為、良く話を聞いて納得してお願いはしました。
入院2~3週。
これさえ乗り越えれば楽しい年越しやお正月を過ごせる計算で受けたものの・・・

失敗だったとは思いたくないけれど、数日で取れると聞いていた術後の痛みがいつまで経っても取れない。
どころか、のたうち回り、父ちゃんには奴当たる日が連日続きました。
坐骨やももの痛みがなくなり、くるぶしから下の部分の痛みや痺れがあり、続く事5週間。
年明けすぐにセカンドオピニオンを希望し大学へ行きました。
整形外科の先生には日が合わず会えずじまいで、神経外科とやらに行くと、外科的処置は必要なしとの診断。
でも一応痛みはあるのでペインクリニックを紹介され診察を受けるとそこの先生は
「痛みを発しているという事は何かの原因があるからで、もう1度その原因を追究する為に手術を受けてみては?」
との事でした。
ペインクリニックは麻酔科の先生はほとんどです。
色んな手術に立ち会っている分、客観的に物事を見ておられるのだと思いました。

そして元の病院に戻り説明をすると、
「3度目の手術である原因が考えられます」との説明。
固定術は人によっては数回受けなければならない例も聞いていたので母ちゃんはそれに当てはまったんだと思いました。
4度目の手術をするかどうか、この先生に任せていいものかどうか。
相当悩みました。

何たって家を空けっぱなし。
おばばは大丈夫だと言うものの、わんずに会えない日が母ちゃんには相当コタエマシタ・・・。

でも先生は「今回は僕の手だけではなく、腰椎専門の先生を大学から呼びます。」との事。
大学の先生とはセカンドオピニオンで行った大学ではなく、もう1件の方の大学の先生です。
腰椎の手術結果は1番だとの噂も耳にしました。


それなら・・・この痛みから開放されるのなら・・・
体力にももう猶予はありませんでした。
麻薬にも近い痛み止めももう効かず、逃れる方法がもうありませんでした。


そして1月に4度目の手術を決心。
数時間の手術を終え受けた説明は先生が言っていた「考えられる原因」というものだったそうです。
3度目の時に入れた土台の大きさが高すぎ、足の痛みや痺れを発する神経は引っ張られていたそうです。
低い物に土台を変えれば引っ張られた神経は緩みます。
そうすると少しずつ落ち着いていく。
4度目は3度目より感染症のリスクも高まります。
でも受けるしかないと思いました。

やはり数日は痛みのピークでかなり暴れまくりの日々でしたが、退院できたこの日まで4週間。
かなり足は動くようになりましたし、痛み止めに頼る事もなくなりました。
剣道の防具のようなごっついベルトは春まではずせません。
前かがみにもなれません。
なのでお風呂も入れません(シャワーは可能)。
そしてこの時期、何と言っても転倒に気をつけなければなりません。
リハビリも週に数日通わなければ自分の目では良くなっていく変化がわからない為、先生に診てもらわなくては
なりません。
車も極力さけ、
辛くならないよう座ったり立ったり歩いたりで、うまく病気と付き合うタイミングを自分でつかまなければ
なりません。
使徒・・・?おすすめはしませんが1時間が限界だそうです・笑。

早く来い来い春さんよ。
雪さえ溶ければ散歩もできる。
まずは母ちゃんのこの足腰でも対応できるひよに付き合ってもらおうと思う。

まだまだ拘束は多いものの、最悪の事態にならなかった事には感謝しよう。
そしてわんずに会えた事を感謝しよう。
家に帰れた事を嬉しく思おう。

色々あった年末年始。
2010年はどんな年になることやら・・・。

さすが兄ちゃん、我慢強く待っていてくれたぼんず。
ぼんずと一緒にクリクリおめめで待っていてくれたこぼんちゃん。
白内障が進み、あちこちぶつかりながらでも待っていてくれたぶ~くん。
マイペースは相変わらずだったそうなひよ。
たまの外出の時にはまっさきに来てくれためんことちょんこ。
寝て過ごす時間が多くて助かったまごっち。
ぐちゃぐちゃの顔で毎日りんごをおばばにせがんでいたというおにく。
そして、このむさ苦しい家でつきあってくれたぱぐみとみぶ(ぶたこ)。

さすが母ちゃんちのわんずだ。
本当にありがとう。

そして毎日の世話とゴミ袋や洗剤を毎日のように買いに行ってくれたおばばもありがとう。

何より痛みでのたうち回り灰皿をぶつけられ、パンチされまくり、病院に連日走り回り、ご飯や薬を口に入れて
くれ、我慢してくれた父ちゃんもありがとう。

誰でも病気はしたくないものです。
できるものなら知らないで過ごしたいものです。
腰という部位は思いのほかやっかいなものです。
まだ痛みや痺れは不定期にくるものの、これからは頑張って治していこうと思っています。


入院生活、まだまだご報告はありますが、今日はここまで。
2010.02.14 / Top↑
昨年から放置状態だった我が家のブログ。

母ちゃんのヘルニア悪化にて今日まで更新ができませんでした。

本日無事退院できまして、一息ついたところでございます。

今日1日ゆっくりと我が家での生活の勘を取り戻し、後日改めてアップップいたします。

いやいや何日かかっても書ききれないほど色んな事がありまして、
2010年、どんな1年になる事やら・・・。


年が明けてすでに2ヶ月が経ちますが、

明けました、おめでとうございます。
今年も「ふがぶひ養豚場」どうぞよろしくお願い申し上げます。
2010.02.13 / Top↑
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